vol.809『空振りを恐れるな』

7日午前の時点で、台風10号は長崎県対馬付近の海上を北へ進んでおり、九州や中国地方の一部はまだ暴風域に入っている。台風が過ぎても油断はできず、このあと湿った空気が太平洋側を中心に流れ込み、局地的に豪雨被害をもたらす危険があるという。

「これまでに経験したことのないような」超大型台風の到来ということで、九州全域で180万人に避難指示が発令されたが、いまのところ、予断を許さないものの、先の九州豪雨のような大規模な被害は報告されていない。

東日本大震災以降、避難指示や勧告の出し方について国や自治体が試行を重ねた結果たどり着いたのは「空振りを恐れるな」。今回も、早々と新幹線の運休が決まり、コンビニ各社も臨時休業を打ち出すなどして、社会・経済活動を停止させたことで、人の移動を抑制し、大勢の犠牲者を出さずに済んだのだと思う。
台風のコースが想定よりも西寄りだったことや、海水温が予想よりも低かったことなども、懸念されたほどの被害が生じなかった要因のようだが、これで“なあ~んだ、大したことなかったじゃないか。大げさに騒ぎ過ぎたんじゃないのか”などと当局を“オオカミ少年”呼ばわりする人は愚か者である。警告を軽んじて悲惨な結果を招いた例は、古今東西 枚挙に暇がない。

例えば1902年、カリブ海に浮かぶマルティニーク島では3月末からペレー山が活動を開始し、やがて噴煙が立ち昇り、鼻をつく硫黄臭が、8㌔ほど離れた島一番の都市 サン・ピエールにも立ち込めていた。5月にはいると、火山活動は一層活発化し、大きな爆発音を伴う噴火が頻発するようになった。

危険が差し迫っていることは目に見えていたはずだったが、さとうきびの収穫期が近付いていたため、実業家たちは、少しも危険はないと人々に断言した。間近に迫った選挙のことが気になっていた政治家たちも、人々が逃げ出すことをおそれ、これに同調した。カトリックの僧職者たちも実業家や政党と手を結び、教区民を説得して、何の心配もないことを信じ込ませようとした。

5月8日の午前8時少し前、遂にペレー山は大爆発し、灼熱の大旋風によって2、3分の間に、何万もの島民の命が奪われた。サン・ピエール市の3万人を上回る人々は死に絶え、監獄の一番下の地下牢に入れられていた囚人が唯一の生存者だったという─。

いまから118年前の大惨事だが、今日、10万円の定額給付金を夜の繁華街でぱ~っと使って、クラスター感染やらかしちゃいました、なんて話を聞くと、命よりも目先の利益や一時の快楽を欲する人間の愚かな性(さが)は、科学技術や情報機能が進歩しても変わらないのだなと思う。だからこそ、医師や科学者、役人は「空振りを恐れず」警告を発し続ける務めがある。

京都大学の矢守克也という教授は「「空振り」改め「素振り」」と語っている。「空振り」して笑われたくない、と考えるのではなく、将来に備えての「素振り」と考えるべきなのだ、と。釜石市唐丹町に『100回逃げて、100回来なくても101回目も必ず逃げて!』という中学生の言葉が刻まれた津波記憶石がある。「素振り」を厭うことなく繰り返すことが、自分と自分の家族の命を守ることに繋がるのだ。

コロナ禍にあって、私たちの生活様式は変容し、何かと不便になった。我慢しなければならないことも多々あるが、決して油断せず、警告に注意を払い、賢明に行動したいと思う。それは人間だけでなく企業も。コロナ時代の安売りは自殺行為だという警告を無視して、相も変わらず安売りを続ける一部の人々に惑わされることなく、「命を守る行動」を取り、まだまだ止むことのない暴風雨を生き延びてゆきたい。

セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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