vol.720『空飛ぶクルマ』

『政府は29日、人を乗せて空を移動する「空飛ぶ車」の実用化を目指す官民協議会の初会合を東京都内で開いた。2020年代の実現を目指し、年内に工程表をまとめて開発を急ぐ。電動で垂直に離着陸し、自動運転の飛行を想定。海外との開発競争を勝ち抜くため、法制度の整備や研究開発支援の在り方を議論する』─8月29日付「毎日新聞」。

空飛ぶ車か…。とっさに思い浮かべたのは、007シリーズ中、屈指の“迷作”の誉れ高い第9作「黄金銃を持つ男」(1974年)で、クリストファー・リー演じる悪役が逃走する際、屋根にでっかい翼の付いた自動車で滑走路から飛び立つという場面。ただし、本物の車が飛んだのではなく、離陸したあとは模型による映像だった。

CGで何でも映像化できるようになった昨今では、空飛ぶ車は、SF映画ではあたりまえのガジェットとなったが、いよいよ現実世界に登場することになるのだろうか。そういえば、007の愛車といえば「アストン・マーティン」だが、このほど同社もドローン技術を応用した空飛ぶ自動車のコンセプトカーを発表した。垂直離発着ができ、時速322㌔㍍で飛行可能。将来的に移動手段へ革命をもたらすと期待されている。近い将来、ジェームズ・ボンドがこれに乗って実際に空を飛ぶ日が来るだろう。

先の協議会では、「一般市民が使えるタクシーや企業間の物流手段として使える」、「優先すべきは緊急用途だ。地震や洪水が多いアジア地域への輸出もできる」、「平時は観光用に使い、災害時に備えてノウハウを蓄積すべきだ」など、具体的なプランも出てそれなりに盛り上がったようだが、やはり安全性が最大の課題だろう。陸上での自動運転よりはるかに安全だとの見解もあるが、いったん故障となれば路肩に停車…というわけにはいかない。最悪の場合、墜落だ。乗客だけでなく、地上でも犠牲者が出る。やはり、都市部での実用化には相当時間が掛かるのではないか。

ただ、そんなこんなと心配ばかりしていると、空飛ぶ車開発で出遅れてしまうのも事実。そうでなくても、日本ではイノベーションに対して、すぐに規制や税金をかけて成長の芽を潰してしまう傾向がある。新たな権益をめぐって役所が縄張り争いしているあいだに、米国や中国がどんどん開発を進めてゆくことだろう。事実、中東ドバイでは、すでに「空飛ぶタクシー」の試験運行が始まっているそうだ。

しかし、そもそも空飛ぶ車って必要なんだろうか。都市部における渋滞緩和に貢献するとのことだが、少子高齢化が進む中で、自動車に乗る人は今後急速に減少すると見られている。つまり道路はこれから車が少なくなってゆくということ。離島や中山間地の移動手段として期待されているということだが、オートジャイロを、電動化・自動化することで対応できるんじゃないだろうか。災害支援についてもしかり。莫大な開発費を投じてまで商品化するものなのかどうか、よーく考えてみるべきだ。

いずれにせよ、車が空を飛ぶなんてまだまだ先の話。特に日本では、2020年の東京五輪以降、様々な技術革新が実現するようなイメージを抱いている人が少なくないようだが、ほとんど幻想に終わることだろう。ギリシア神話に登場する工芸師イカロスは、蝋で固めた翼によって自由自在に飛翔する能力を得るが、太陽に近づき過ぎたことで蝋の翼が溶けてしまい、墜落死してしまった。この神話は、人間の傲慢さやテクノロジーを批判する訓話としてしばしば引き合いに出される。人間が、鳥の領分を侵して、空を自由自在に飛びまわろうなんて、まさに傲慢な振る舞いの極みといえないだろうか。

 セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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