COCと独立経営<775> 「標準価格制度」の宿痾③ – 関 匤

タイトルに「宿痾」と書いたら“読みが分からないぞ”と意見されました。「しゅくあ」です。ウェブのコトバンクによると、「長い間なおらない病気。慢性のやまい。持病。」です。

石油危機時の緊急措置であった標準価格制度をダラダラつづけた挙句に、石油業界が「慢性の病」に冒されたという意味で使っています。慢性の病とは「ガソリン脳炎」です。

標準価格制度の大問題は、すでに述べたように価値ある中間品を低く抑えて、自動車エンジンにしか用途のないガソリンを思い切り高くしてしまったことです。いわば、銅を1万円で売って金を100円で売るような価格体系になったのです。

それを分かりやすく見せるようにグラフを用意したのですが、私が指示したにも関わらず初回はグラフにタイトルも出所も記されず、2回目はグラフそのものが掲載されませんでした。しつこく今回も添付しておきます。

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ガソリン小売価格が170円超で、日経ドバイ原油の週間差額を卸価格に最大1㍑5円まで補助する制度が始まろうとしています。

なんとなく既視感を覚えてしまいました。これやると170円がSS経営者にも消費者にも刷り込まれます。「上限価格」として。既視感というのは上限価格です。

「通商産業省(現経済産業省)が各社ごとに個別コストを査定し、個別に上限価格を設定し、その範囲内で値上げを認めるというシーリングプライス方式によって行政指導を行った。この行政指導は、82年4月まで断続的に続いた。」(「月刊ビジネスアイ エネコ」2018年4月号、日本エネルギー経済研究所・橋爪吉博氏)

第二次石油危機時に、イラン軽質原油が途絶した民族系とサウジアラムコ経由で優位になった外資系とのコスト格差が歴然となりました。各社別に原油コスト値上げの上限を設定する行政指導でした。護送船団方式の典型でした。

上限価格の元ネタは、当時、業界を規制していたおフランスでした。業界保護のために地区別に値下げの「下限」を設定しました。市況を一定以下にしない政策でした。

しかし、勃興していたハイパーが平気で下限を破りました。そのうち石油会社が、これも規制されていた「SS建設枠」を販売量の大きなハイパーに配分するようになりました。下限規制はハイパー一気拡大の温床となっています。今回の補助制度、いわば上限価格が無用の混乱を及ぼさないか気になります。

標準価格制度時代、資源エネ庁は他にもフランス式規制を持ち込んでいます。「SS建設の距離規制」、「SS新設枠」、「石油会社原油割当て」、「出荷規制」、「民族系優遇」…すべてフランス輸入品です。ガソリン高・中間安を堅持するためです。

そして、オイルショック後、SS新設が枠規制となり、直営SSとサブ店を多く抱える特約店が優位となりました。優先的に新設枠が配分され、ガソリン高=事後調整の財源拡大が追い風となったからです。

一方、大手店にとって目の上のたん瘤が、当時の石油業法下で規制対象外となっていた無印SS(PB)でした。オイルショックで石油が無くなる!と騒いだのは意外に短期で、高値にはなっても原油は安定供給されていました。元売には高値で売れるガソリン増産のインセンティブが働きます。系列は枠縛りですが、無印は行政指導対象外でした。官僚は無印の登場を想定していなかったからです。海外から政策をつまみ食いしていたのに「系列外」を見ていなかったのでしょう。

結果、オイルショック後に無印SSが“異常増殖”します。そこで大手特約店が主導する全石連が「無印取締法」を議員立法することになりました。ガソリンが利権化した結果、ガソリンだけを考える「脳炎」が蔓延し始めていたのです。

COC・中央石油販売事業協同組合事務局


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