vol.853『ムカンキャク』

この一年、テレビでどれだけ多くの人が「無観客」を上手く言えず、「ムキャンカク」などと発音し失笑を買ったことか。菅首相はしょっちゅう噛んでいるし、アナウンサーでもいまだにやらかしている。「自殺者数」、「マサチューセッツ州」、「若隆景」など、アナウンサー泣かせの単語は数あるが、「無観客」は使用頻度から見て、いま最もデンジャラスな単語かもしれない。ちなみに、上手く発音するコツは、一旦「無」でコンマ数秒の休止を置いたあと、「観客」と言うと良いらしい。

オリンピックの競技会場となる首都圏の一都三県に続き、北海道と福島県も無観客開催となることが決まった。(10日現在) 「無観客試合」というのは、サッカーなどでは試合主催者となるチームや観客に対しての懲罰として課されるものでネガティブなイメージがあるため、別の呼び名でということになり、「リモートマッチ」とか「@HOME GAME(アットホームゲーム)」、「電覧試合」などいろいろなネーミングがネットを賑わせている。だが、一年の猶予期間がありながら感染抑え込みに失敗し、ワクチン接種も見込み倒れに陥った失政に対する“懲罰”という意味において、やはり「無観客」なのだろう。というか、もはや「試合」じゃなくて「記録会」だよね、これ…。

世界最大のスポーツイベントに観客を呼べないことへの喪失感は大きい。無観客によって吹っ飛ぶチケット収入は約900億円。移動や宿泊、飲食などで見込まれていた経済需要もなくなり、約6千億円の損失が出ると試算されている。スポンサー企業も大きな痛手を被る。『顧客にプレゼントする予定だったチケットは、急きょ発送を中止。得意先も会場に招待できなくなった。スポンサー担当者からは、「宣伝効果は消える。開催に否定的な世論もあり、スポンサーとして五輪に参画した、と胸を張って言うこともできない」「逆風下の五輪で、今は“とにかく目立たない”が最優先。億単位の金を払って何をやってんだ、という感じ」との自嘲、恨み節も』─7月10日付「朝日新聞」。

無観客による損失は、経済面だけではない。世界ではワクチン接種が進んで、スポーツイベントなどは観客を入れてノーマスクで大盛り上がりしているのに、オリンピックで観客席がガランとしていたら、全世界に日本のコロナ対策が進んでいないということを発信するようなもので、いわゆる“国家の威信”というものにキズが付くことを危惧する声もある。政府がぎりぎりまで有観客にこだわったのは、こちらの事由の方が大きかったのかもしれない。「コロナに打ち勝った証しとしての東京五輪」とぶち上げたものの、4度目の緊急事態宣言発令に至った今の状況は、「負け」と言わざるを得ないだろう。一方、緊急事態宣言下で開催される異様な大会ゆえに世界の耳目が集まり、放映権を握る米NBCは史上空前の収益を上げると予想されている。

無論、無観客の影響はアスリートたちのパフォーマンスにも及ぶだろう。声援がないことでモチベーションが低下するのではという心配がある一方で、むしろ良いパフォーマンスが出やすくなるのでは、との意見もある。あるJリーガーは、「試合中って結構観客のため息とか聞こえたりする。そこを気にする選手は、リスクを背負わないプレーを選択しがちだけど、そういうのが一切無いと考えると、いつもよりもリスクの高いプレーを躊躇なく選択出来る選手も中にはいると思う」と語っている。無観客も捉え方によってプラスに導くことができるということか。

とにかく、アスリートのみなさんは大会が開催されるだけでも良しとして、最高のパフォーマンスを披露してもらいたい。多くのイベントが中止される中、オリンピックは特別扱いされているのだから、そこに出場した者たちは何としても、「いろいろあったけれど、やっぱりオリンピックやって良かったね」と衆人に言わしめねばならないわけで、無様なプレーは許されない。無観客の静寂がいわば「無言の圧力」となってアスリートたちの平常心を狂わせるとしたら、やはり無観客試合はアスリートにとっていまだかつて経験したことのない試練となるのかもしれない。

セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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