vol.660『強制値上げ』

ビールがおいしい季節となってきたが、今月から10~20㌫の値上げとなった。原材料費や運送コストの値上がりが原因ではない。酒の過度の安売りを規制する改正酒税法が施行されたためだ。この改正法では、合理性を欠く廉売をした販売業者が行政からの改善指導に従わない場合、50万円以下の罰金が科せられたり、酒類販売免許を取り消されることになるなど、厳罰化されている。つまり“酒の安売り規正法”ということ。

かつてお酒のほとんどは、街の酒屋で販売されていたが、90年代以降、徐々に規制が緩和されスーパーやコンビニのシェアが急増。酒の販売量に占める酒屋の割合は、いまでは約14㌫に減少している。その原因は、価格競争。ビールは客を呼ぶ目玉商品になりやすく、体力のある大型店では赤字覚悟の大安売りが頻発。太刀打ちできない酒店々主たちの要望を受けた国会議員が安売りの規制を実現したというわけ。また、酒の販売は酒税と直結しており、過当競争で税収の基盤を揺るがされる懸念があったことも、今回の法改正を後押ししたと思われる。

お上が民間の自由な経済活動を規制することは、その業界の成長・発展を阻害することになりかねない。とはいえ、あまりにアンフェアな商慣行がまかり通っているのであれば、これはやはり是正せざるを得ない。ビール業界の場合、一向に改まらないリベート制度を根絶することが、今回の法改正の本当の狙いだと言われており、ビールメーカーもこれを歓迎する意向なのだそうだ。

シェア争いに固執し、自分たちの努力ではやめられなかった慣行を、お上の力で止めてもらう─。酒がやめられず、遂には依存症と診断され、更生施設に強制的に入所させられるのに似ている。そして、この状況は私たちの業界の現状と酷似している。現状維持に固執し、設備過剰の状態をダラダラと続ける石油業界に業を煮やした経産省が、石油需給の引き締めを図るべく寡占化を進め、「JXTG」の誕生となった。同時に、一部特約・代理店に行なわれていた“事後調整”を廃止することも求めている。ただし、ビール業界とは異なり、いまのところ不当廉売に対する厳罰化は法制化されていない。

「ガソリンを安く売れるのは企業努力の成果」とのたまうGS経営者は少なくない。けれども、ガソリン需要が伸び続けていた頃はそれでよかったが、こう売れなくなってくると、もはや“企業努力”だけでは乗り越えられそうにないと感じ始めているGS経営者も増えてきているはずだ。「しかし、いまさら俺の口から“適正価格”だの“市況安定”だの、とてもじゃないが死んでも言えねぇ。こうなったら、お上のお達しで安売りできないよう俺の手をふん縛ってもらうわけにはいかねぇものか」─。

本来なら、行政に介入される前に、自力で持続可能な業界とすべきなのだが、もうどうにも仕様がないというのが現状だ。ソ連の最高指導者・フルシチョフが語ったこんな言葉がある。『戦争は小銃の偶発から始めることができる。しかし戦争を終結させることは、経験豊かな国家指導者でさえ容易な事ではない』。延々と続く価格戦争を、そろそろこのあたりでやめないといけないとだれもが思っているのだが、だれもそうすることができない。いや、そうする気がないのだろう。このあいだも、あるPB安売りスタンドに、元売マークのタンクローリーが堂々と荷卸ししているのを見かけて、そう感じた。

ガソリンはビールと同様、重要な税収源である。2015年度の酒税総額が約1兆3千億円だったのに対し、揮発油税総額はほぼ倍の約2兆5千億円。ビールの価格をコントロールした国家が、ガソリンの価格をコントロールしないはずがない。いずれ、GS業界も“強制値上げ”をさせられるかも。歓迎すべきか、抵抗すべきか…。缶(官?)ビールでも飲みながら、業界人ひとりひとりが考えてみるべきだろう。

セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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