vol.745『イチロー引退』

やはり今回はイチローのことを書かねばなるまい。このコラムで、不世出の天才打者について幾度も取り上げさせてもらった。自らを律し、打撃技術の“求道者”として放ったヒットの数は日米通算 4、367本。メジャーリーグだけでも3、089本。そのうち、2004年には262安打をマークし、MLB記録を84年ぶりに塗り替えるという偉業を成し遂げた。5年連続最多安打、10年連続200安打もMLB記録。野球に関心のない人には分からないかもしれないが、とにかくものすごいことをやってのけた人なのだ。

そのイチローが遂にバットを置く日が来た。昨年、マリナーズのユニフォームを着たまま、「スペシャルアシスタントアドバイザー」に就任した時から、2019年の日本での開幕2連戦が“花道”になるだろうということは、大方の人が予想していたが、やはり現実にその日を迎えると惜の情がこみあげてきた。アスレチックスとの2連戦では1本もヒットを打つことができず、ワンバウンドする変化球すら鮮やかに打ち返した往時を知る者としては“あぁ、イチローもやはり衰えたのだな”と思い知らされた。

イチローの野球に取り組む姿勢は人々に強い感銘を与えた。私も、その思考、発想、哲学に少なからず感化された。イチローは語る。『自分ができると思ったことが必ずできるとは限らない。ただ、できないと思ったことは絶対にできないことを覚えておいてほしい。自分の中で自分の可能性を決めないでほしい』─。これはイチローが主催する少年野球大会で子供たちに向けて語った言葉だが、子供相手でも「夢は必ず叶う」などと無責任なことを言わないところが実にいい。子供だけでなく、大人にも励みを与える言葉だと思う。人間は年を重ねてゆくにつれ、現実の厳しさを知り、幾多の失望や落胆を味わうことになるのだが、それでも絶望せず、可能性を追い求めることで、人は自尊心を保ち、満足感や達成感を得ることができるのではないか。

『積み重ねていかないと、遠くの大きな目標は近づいてこない』─。そんな当たり前のこともイチローが言うとズシンと心に響くから不思議だ。一度の打席で2本のヒットを打つことはできない。一打席、一打席全力で取り組み、記録を積み重ねてゆく。毎日、店を開け、景気が良い時も悪い時も、愚直に営業することで、勝手にイチローと共に歩んでいる気分を味わっていたが、イチローにも“終わり”が訪れたように、どんなお店も、どんな企業も、いつかは終わりを迎えることになる。問題は、その時を悔い無く迎えられるかどうか。

イチローの引き際は見事だった。2014~5年あたりから出場機会が減り、安打を量産することができなくなったころから、メジャー3、000本を区切りに、日本球界に復帰するのではないかとの憶測もあった。愛知県出身ということで、もしかしたらドラゴンズに来るかも、などという期待が名古屋でも高まったが、最後までメジャーリーガーとしてプレーし、そこに限界を感じた時、潔く引退した。この偉大なプレーヤーに、日本での開幕戦という最高のフィナーレを設えた米球界の懐の深さにも感動した。興行の側面があったとはいえ、粋な計らいではないか。超満員の東京ドームの観客からのスタンディングオベーションに、「球場での出来事、あんなものを見せられたら、後悔などあろうはずがありません」と深夜の引退会見でイチロー。実に清々しいフィナーレだった。

私の次の関心は、イチローから鈴木一朗となった彼が、この先どのような人生を送ってゆくかということ。本人は「監督はやらない」と明言しているが、野球解説者も向いていないと思うし、スポーツ番組のコメンテーターも柄じゃないと思う。何らかの形で野球に関わってゆくのだろうけれど、間違っても馬鹿みたいなコマーシャルに出演するのはやめてほしい。例えば、ゴリラの着ぐるみとキャッチボールするみたいな…。

 セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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