「10月6日は何の日?」と聞いて、SS経営者、元売社員、経産省、関係団体の方々で、即時に「〇〇の日かな」と回答できる方は私を含めてごくごく少数でしょうね。
50年前のこの日に「第4次中東戦争」が勃発しました。
「1973年10月6日、イスラエルにおけるユダヤ暦で最も神聖な日『ヨム・キプール』(贖罪の日)に当たったこの日、第三次中東戦争でイスラエルに占領された領土の奪回を目的としてエジプト・シリア両軍がイスラエル国防軍(以下イスラエル軍)に対して攻撃を開始した。
アラブ側の戦争能力を軽視していたイスラエルはアラブ側から奇襲を受け、かなりの苦戦を強いられたが、イスラエル軍の主力部隊が展開を完了すると、戦局はイスラエル優位に傾き、10月24日、国際連合による停戦決議をうけて停戦が成立した際、イスラエル軍は逆にエジプト・シリア領に侵入していた。」(Wikipediaより要約)
この際に、OPECは親イスラエルの西側諸国への原油輸出禁止と原油価格の大幅引き上げを行いました。「第一次石油危機」の到来です。世界が大パニックに陥りました。
「原油の値上がりはガソリンなどの石油関連製品の値上げに直結し、物価は瞬く間に上昇。急激なインフレはそれまで旺盛だった経済活動にブレーキをかけ、1974年度の日本経済は戦後初めてマイナス成長となりました。高度経済成長期はここに終わったのです。」(資源エネルギー庁「日本のエネルギー150年の歴史」より)
旧通産省OBで時代の先読みに長けていた堺屋太一氏はこの年、「油断」というまさに石油危機を予想的中する小説を書いていました。パニックを助長しかねないために2年間発刊を待っています。凄い先見性というかリスク管理のすばらしさです。
ちなみに、この小説の中で、秘かに石油を買い占めして暴利を得る神戸の貿易商が登場します。一説によると小池百合子東京都知事の父親と言われます。
パニックの記憶は生々しく残っています。有名な「トイレットペーパー騒動」が起こりました。何気ない流言が転がっていくうちに、大阪千里ニュータウンが発火点となって燎原の火が全国を覆いました。
この当時、戦中戦後のモノ不足を体験した人が生活者の中心にあり、反応も鋭かったと思います。トイレットペーパーという分かりやすい商品ゆえに「モノがなくなる!」というパニック心理の象徴となったのかもしれません。
流言に関しては、この年の春、愛知県で信用金庫の取り付け騒ぎが起こっています。通学電車で女子高生が冗談で「あの信金大丈夫?」とか言った話が、これまた転がって大騒動となりました。
私が消費者心理に石油危機の伏線となったと思う出来事が夏にありました。酷暑が続いたのですが、高校野球に「江川卓投手」が登場しました。日本中がエアコンをガンガン使いながらテレビ観戦したことで電力不足が危惧されました。
よくテレビ番組が、この当時の狂騒ぶりを半ば揶揄するように報道します。しかし、阪神淡路大震災、東日本大震災、コロナ禍にあって、数多くの「流言」が飛び交いました。「3.11」時のコスモ石油に対するツイッターの拡散はひどいものでした。コロナ初期にはマスクの買い占めをする集団が出現しました。
石油危機50周年から学ぶべきことは、メディアにパニックを助長させないことです。コロナ報道はひどかったですから。政府が報道に右顧左眄(うこさべん)せず(3.11時はひどかったですね)、まずは国民心理を安心させることではないでしょうか。「モノはあるよ」と。
COC・中央石油販売事業協同組合事務局