『エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった』─「新約聖書「マタイによる福音書」 23章37節・新共同訳」。
西暦33年、キリストは、救世主として自らを受け入れ、信仰を働かせることによって神と和解するよう当時のユダヤ人に呼びかけたが、彼らはキリストを退け、罪人として処刑するに至った。それから37年後、ローマ帝国軍によってエルサレムは攻囲され、神殿もろとも破壊されてしまう。かろうじて残った、神殿西側の中庭の壁が、ユダヤ教信仰における重要スポット、「嘆きの壁」である。
しかし、エルサレムを“聖地”としているのはユダヤ教徒だけではない。「嘆きの壁」の東に、壁を見下ろすようにしてそびえ立つのが、イスラム教の「岩のドーム」。預言者ムハンマドが昇天し、アラーの御前に至ったとされる岩を祀ってある。そして、エルサレムの西方には、キリスト教の主要宗派によって共同管理されている「聖墳墓教会」がある。キリストが処刑されたゴルゴダの丘があったとされる場所に建てられている。
このように、エルサレムは、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の共通の聖地で、帰属が争われている都市なのだが、今年5月、現職米大統領として、D・トランプが初めてこの地を訪ね“親イスラエル”の姿勢を明確にしたのに続き、このたび、エルサレムをイスラエルの首都と認め、米国大使館を同市に移設すると宣言した。当然のことながら、パレスチナ自治政府は激しく反発、国連安保理もトランプ大統領の決定を無効とする決議案を採決するという。(ただし常任理事国の米国が反対するので否決される)
実は、「米国大使館をエルサレムに」という法案は、1995年のクリントン政権の時に、イスラエル・ロビーの突き上げによって議会で採択されていたのだそうだ。それを、その後の歴代政権が、ちょうど日本のガソリン税率の暫定措置みたく、実行を先送りし続けてきたというわけ。だから、トランプ大統領は、ただ議会の決めたことを実行するだけのことであって、議会は反論できない。イスラエルも断れない。ただ、当のイスラエル国民も“エッ、ホントにいいの ?”と驚いたかも。それと同時に“ホントに大丈夫かなぁ…”と感じているかも。
だれが考えたって、パレスチナで新たな“事変”が起こることは容易に想像できる。問題は、いつ、どこで、どのようなことが起きるかということ。9.11を越えるテロが勃発すると予測する有識者もいる。日本にとって、中東情勢は地政学的には“対岸の火事”だが、一丁有事となれば、原油価格が暴騰することは間違いない。だが、その前に不穏な情勢によって、先日合意されたOPEC諸国の減産継続が破綻し、産油各国が増産に走ることで、逆に原油価格が急落するかもしれない。原油価格が下がること自体は日本経済にとってありがたいことかもしれないが、金融不安や株価下落を引き起こす恐れがあると危惧されている。
それにしても“寝た子を起こす”とはこういうことを言うのだろう。なぜいま、アラブとイスラエルの歴史的対立を際立たせるようなことをするのか。確かにトランプ大統領の娘・イヴァンカの夫、クシュナー大統領上級顧問はユダヤ教徒。イヴァンカも改宗している。でも、そんなことで、こんな騒ぎを起こすだろうか。恐らく、ロシアによるアメリカ大統領選挙の介入疑惑、クシュナー氏がフリン前大統領補佐官にロシア側との接触を指示したとされる、いわゆる「ロシアンゲート」捜査から国民の目をそらすためではないかと言われている。
政権維持のためなら手段を選ばず、世界を“人質”にとる─。恐ろしい話だ。いずれにせよ、北朝鮮の核ミサイル問題と相まって、世界は一触即発の危機的状況にあるといえる。諸国家が“平和”という名の「めん鳥」の羽の下に集まって仲良く暮らすようなことは、もはや見果てぬ夢と言わざるを得ない。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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