「夕方、開店したばかりのバーが好きだ。店の中の空気もまだ涼しくてきれいで、すべてが輝いている。バーテンダーは鏡の前に立ち、最後の身繕いをしている。ネクタイが曲がっていないか、髪に乱れがないか。バーの背に並んでいる清潔な酒瓶や、まぶしく光るグラスや、そこにある心づもりのようなものが僕は好きだ」─。(レイモンド・チャンドラー著/村上春樹訳「ロング・グッドバイ」より)
ハードボイルド小説の代表的作品。私立探偵フィリップ・マーロウに、バーで出会ったテリー・レノックスという男がこう語りかけるのだ。私がまだ酒を飲んでいた頃、チャンドラーの世界に憧れ、住宅街の一角でひっそりと営んでいるバーにふらりと入って、ひとり呑みを楽しんだりしていた。
コロナ感染拡大が勢いを増す中、主要都市の繁華街で、夜10時までの営業自粛要請が出された。“12月は最大の書き入れ時、10時に店を閉めていたんじゃあやってゆけない”と悲痛な面持ちで訴える店主さんたちの姿を見ていて思い出したのが、冒頭のレノックスのセリフ。外でお酒が飲みたければ、夜遅くまでダラダラ飲むんじゃなくて、早い時間にパッと飲んで、サッと帰宅する─そんなスマートな飲み方をするしかなさそうだ。
“経済をまわす”との大義のもと、7月からスタートした「GoTo」キャンペーン。いよいよ年末年始に向けてエンジン全開!という矢先の第3波襲来。政府は、「GoTo」によってコロナ感染が再拡大したというエビデンスはないと主張しているが、東京商工リサーチが企業約1万社に調査したところ、年末年始の忘年会・新年会について約9割が「開催しない」と回答しており、国民の多くが「大本営発表」を信用していない事を物語っている。時短要請があろうがなかろうが、繁華街の住人にとってはお先真っ暗な状況だ。
しかし、重症患者数が急速に全国の病床を占めるようになり、医療崩壊が現実味を帯びてきた以上、経済活動にブレーキをかけざるを得ないだろう。忘年会をしなくても、クリスマスイベントがなくても、初詣に行かなくても、命には別状ないが、医療機関がパンクした場合、私たちの命は確実に脅かされる。
最前線で働く医療従事者の待遇について、病院や診療所などで働く人たちで作る日本医療労働組合連合会が冬のボーナスについて調査したところ、回答があった298の組合のうち、128組合がボーナスを引き下げるという。このうち10万円以上の引き下げは31組合に上り、最大で平均35万円以上減額される組合もあった。感染拡大の終わりが見えず、業務が大変になるうえ、待遇も悪くなる。その一方で、株価はバブル後の最高値を更新。夜な夜な一本数十万円もするシャンパンをポンポン開けて騒いでいる人たちもいる。医療従事者からしてみれば“もうやってられない”という気持ちだろう。それでも、「目の前に患者がいるから」という使命感で頑張っている人たちのことを考えると、自粛はやむを得ないだろう。遅きに失した感すらある。
状況が切迫する中、再度の緊急事態宣言が発令される可能性も高まっており、GS業界も4~5月の悪夢がよみがえる。それでも、飲食業界の人たちや、医療従事者の皆さんに置かれた状況と比べれば、まだましだろう。菅首相は「勝負の3週間」だと呼びかけているが、果たして来月中に第3波が収まってくれるかどうか。とにかく、有効なワクチンが開発・配布されるまでは、収まってはぶり返しの繰り返しで、コロナと付き合ってゆくしかなさそうだ。晴れてコロナ禍が過ぎ去った日には、久し振りに「夕方、開店したばかりのバー」で、ギムレットあたりを一杯引っ掛けて祝杯をあげようかな、なんて思っている。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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