「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。女性っていうのは競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うんでしょうね。みんな発言される。女性を増やしていく場合は、発言時間をある程度規制しておかないとなかなか終わらないので困る」─。
東京五輪組織委員会の森喜朗会長のこの発言はトンデモナイ女性蔑視だとして、国内外のメディアからボロカスに叩かれているが、個人的には全然驚かなかった。なぜなら、この国は依然として「男社会」で、女はでしゃばるなという考えを抱いている男たちが支配しているのは周知の事実だから。世界経済フォーラムが、世界各国の男女平等の度合いをランキングした2019年の「ジェンダー・ギャップ指数」において、調査対象153ヶ国のうち、日本は121位となっていることがその証左だ。
そんな国の支配階級の一人が、しかも、かつて少子化問題で「子どもを一人もつくらない女性の面倒を、税金でみなさいというのはおかしい」と言い放ったこともある人物が、女性を蔑むようなことを言ったって意外でも何でもない。むしろ、そんな人物を「男女平等」をモットーに掲げる五輪の重要ポストに就けたのが間違いだったということだろう。起こるべくして起こったことだ。
それはともかく、女性はおしゃべり好きというステレオタイプは、かなり定着している。実際私の妻も、先日友人と「Zoom」で4時間近くおしゃべりしていたという。“ようそんなにしゃべることがあるな”と半ばあきれて質したら“だって、次から次へと話題があるんだもん”と涼しい顔。まあ、結構なことですな。(笑)
だが、性別によっておしゃべりか、そうでないかを区別するなんてナンセンスなことだということぐらい小学生でも分かる。とりわけ、会議等においてある人の発言が多いかどうかは、その人の性別よりも地位に関係しているという研究結果もある。発言が多い人は高い地位に就いていることが多く、概ね男性の方が高い地位にあり話す量も男性の方が多い、というのが現実だ。また、スタンフォード大学の研究チームが発表した論文によると、男性の方が競争に対する意欲が高く、自分の能力に過剰な自信を持っているため、競争を追い求める傾向にあるのだそうだ。
そもそも、男性と女性は同じではない。オリンピックで男女を区別せず一緒に競わせることはない。男性の方が早く走り泳ぐことができるし、高く遠く飛ぶことができる。これはどうすることもできない。体の作りがそうなっているのだから。もし同じように扱うとしたら、それこそ女性を辱めることではないか。ゆえに、男性は女性に敬意と配慮を払うという意味で、「弱い器」として扱わねばならない。
ところが有史以来、 男性はこの体力・体格の優位性を誤用・乱用して女性を支配してきた。男女平等において先進的な欧米諸国においても、ひと昔前までは、女性は虐げられ、辱められ、抑えつけられてきた。男尊女卑の思想はいまも世界中にはびこっている。例えば、教育を受けられない女子(6~17歳)は、世界に1億3千万人余りいるとのこと。男女同権が叫ばれて百年余り経つが、まだ道なかばだ。
GS業界は、他のサービス業同様、女性の知恵と力がなければ存続できない。以前は、力仕事も結構多かったGSは男の職場と見なされてきたが、セルフ化が進んで男女の格差はまったくなくなった。女性マネージャーのGSも珍しくない。“細腕”ならぬ“辣腕”で会社を引っ張る女性経営者も何人か知っている。GS業界が、女性のキャリアアップを推進するうえで、先進的な業界になればいいなと思う。いや、いっそのこと女性上位の業界になれば、物事はずっと上手く行くような気がする。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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