vol.721『天災は忘れる前に…』

9月6日未明に北海道で発生した地震で、9日現在42名の方が亡くなった。いまも2、000人を越える人たちが避難生活を強いられている状況で、ただただお気の毒なことである。6月に大阪で震度6弱の地震が発生、7月には西日本を中心に甚大な被害をもたらした集中豪雨、北海道の震災の直前には台風21号が近畿地方を一時的にマヒ状態に陥れるなど、自然災害が次々に日本列島に襲い掛かっている。

東京帝大教授にして随筆家でもあった寺田寅彦(1878-1935)は『天災は忘れた頃に来る』という名言を残したが、いまや“天災は忘れる前に来る”といった状態だ。あるいは、新たな天災が生じると、その前の災害の記憶が急速に薄らいでゆく。例えば、ほんの2年前に起きた熊本地震(4月14日)が、ずいぶん前のことにように感じられるという人は少なくない。しかし、いまだに3万8千人あまりの人たちが仮設住宅での生活を余儀なくされている。7年半前の東日本大震災の被災者ですら、まだ1万3千人もが同様の状態にあることを忘れてはならないと思う。

災害による直接的な被害を被らなくても、広範な地域で停電が発生すると、人々の生活は一変する。今回の地震では、一時、北海道全域が停電となった。照明器具、空調設備、冷蔵庫、コンピューター、ATM、そして計量機─。電気がなければただの箱。テクノロジーによって支えられた生活がたちまち石器時代に逆戻りとなってしまう恐ろしさ。人間の生活というのは何ともろく危ういものであろうか。GS業に限って考えてみても、タンクに在庫が有る無しにかかわらず、とにかくポンプを動かすことができない。動力電源が確保できたあとも、コンピュターシステムの復旧にはさらに数日かかる場合もある。クレジットカードや電子プリカなどは、ホストコンピュータがダウンしてしまうと使用不可。世の中は、キャッシュレス化が進んでいるが、一朝有事の際には、やはり頼りになるのは現金だということを、改めて思い知らされたのではないだろうか。

ところで、資源エネルギー庁は熊本地震を教訓とし、ガソリンスタンドの災害時対応能力の強化を進めている。自家発電機の配備をメインとする住民拠点GSを、19年度をめどに全国8000カ所整備するとしている。1基につき100万~200万円ほど費用がかかる見込みで、いまのところ全額を補助する方針とのことだが、2018年3月末現在、全国でまだ1346ヶ所、北海道では全給油所の10%程度に当たる236カ所にとどまっている。

購入費を全額負担してくれるというのなら、もっと導入店が増えてもいいはずなのにとも思うが、GS経営者の中には、停電になったら流れに逆らわず、営業休止にすることに決めている人が多いのかもしれない。パニック状態の中で、殺気立った客に対応することのリスクを考えると、それはそれで賢い選択なのかもしれない。そのスタンドの従業員も被災者なのだから、仕事よりも自分や家族のことを優先させるべきだと思うし、電気の復旧を待ってからでも遅くはない。だが、一方で、少しでも地域の人たちの生活支援に貢献したいとの思いから、自家発電機を購入する方もおられることだろう。まさにGS経営者としての矜持を示さんとするりっぱな心掛けだと思う。

いずれにせよ、やれキャッシュレス化だ、EVだ、空飛ぶ車だなどと先走ってみても、災害のもたらす現実世界の前には成す術なし。かえって混乱を増幅させるだけだ。関東大震災(1923年)の惨状を目の当たりにした寺田寅彦の慧眼にはただただ脱帽するのみだ。

『文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているのはたれあろう文明人そのものなのである』─寺田寅彦随筆集「天災と国防」より。

 セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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