王妃マリー・アントワネットが、飢えに苦しむ民衆に対して、『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』と言い放ってフランス国民の怒りの炎に油を注ぎ、フランス革命によって断頭台の露と消えたのは有名な話だ。(王妃はそんなことは言っていないとの説もある) 一方、マクロン大統領が、『ガソリンが高ければ電気自動車に乗ればいいじゃない』と言ったかどうかは知らないが、いまフランスでは燃料税引き上げに対する抗議デモが激化、パリ・シャンゼリゼ通りでは暴徒化したデモ隊と警官隊が衝突、乗用車や建物など約180ヶ所が放火され、観光客に人気のデパートは閉店、エッフェル塔やオペラ座などの名所も閉鎖され、年末の観光シーズンに大打撃を与えている。やむなく仏政府は、燃料税引き上げを来年いっぱい行なわないことを決定したが、国民の7割が支持しているともいわれる今回のデモはいまだ沈静化に至っていない。
フランスの現在のガソリン価格は約250円、軽油が約190円で、欧州で最も高いとのこと。仮に日本でその価格帯になったとしても、暴動が起きるようなことはないと思うのだが、フランスではマクロン大統領就任以降、緊縮財政による教育・社会保障費の削減や公共料金の相次ぐ値上げに仏国民の不満が高まっていたところへ、今回の増税で遂に堪忍袋の緒が切れた、ということらしい。庶民には“将来の地球温暖化のことより、きょうの皿の上の食べ物”ということなのだろう。また、大統領が公費で50万ユーロ(約6400万円)相当の食器を買ったり、専用の別荘にプライベートプールを建設したりしたことも、国民の怒りを買ったとか。いつの世も、為政者のやることは庶民感覚とはズレている。
今回の暴動でまことしやかに伝えられているのは、ロシアが関与しているのではという話。仏当局が、デモへの支持をあおっているとされるソーシャルメディアを調査したところ、ロシアと関連した数百のアカウントが使われていることがわかった、と英紙「タイムズ」が報じている。これらのアカウントはツイッター上で、仏当局が残酷と印象づけるために別のデモで負傷した人の画像を使うなど、偽情報を拡散していたという。脱石油に積極的なマクロン政権を転覆させようというロシアの陰謀─。嘘か真かはさておき、2040年までに仏国内におけるガソリン車およびディーゼル車の販売を禁止するとしていたマクロン大統領が窮地に陥っているのをほくそ笑んで見ている人たちは世界中にいっぱいいることは容易に想像できる。
いまや世界のどこに住んでいても、地球温暖化が進んでいることは肌感覚でわかる。このあいだもNHKニュースで「一週間に夏と秋と冬が来た」と言っているおじいさんがいたが、米国大統領が何と言おうが、地球環境に異変が起きていることは明らかだ。したがって、化石燃料に依存しているわたしたちの文明社会を、英断をもって変更しなければならないのだが、多くの人たちには“きょうの糧”を得ることの方が重要なのであって、それを犠牲にしてまで何とかしようという人は少数派なのだろう。今回のフランスでの暴動は、地球温暖化対策が簡単には進まないことを思い知らせる事件だったと言える。生活が困窮すれば、高邁な理念や人類の未来なんてどうでもよくなってしまう─悲しいことだがそれが現実なのだ。世界各国の指導者たちも、温暖化対策に向けた急激な構造改革には慎重になると思われる。
石油製品を販売することを生業としているGS業者は、これに安堵するようであってはならない。地球温暖化は、今後ますますわたしたちの生活環境を脅かす災害を引き起こすことだろう。何年後かには、今度は、人類の存亡に関わるとして燃料不買運動のデモがどこかで起こるかもしれない。市街のガソリンスタンドが暴徒に襲われ、炎上するなんていう悪夢が現実となる日が来ないとだれが断言できるだろう。石油製品に関わる人たちは、この先ますます難しい立場に置かれることを覚悟せねばならないかもしれない。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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