1959年のアメリカ映画「お熱いのがお好き」(原題:SOME LIKE IT HOT)。巨匠ビリー・ワイルダー監督の最高傑作にして、映画史に残る傑作コメディだ。禁酒法時代のシカゴ、しがない二人のバンドマン、ジョーとジェリーはギャング同士の抗争を目撃してしまったため命を狙われる羽目に。一計を案じた二人は、女装し、女性だけのビッグバンドに潜り込み、フロリダの保養地に逃れる。二人はメンバーのボーカリスト、シュガーに一目ぼれしてしまうが、女性と偽っているため口説くことができない。ところが、ジョーのほうは隙を見て女装を解き、富豪の御曹司に成りすまし、海岸でシュガーに接近する。貝殻をつまんで、「ボクの会社のマークとおんなじだ」とジョー。「エー!あなたの会社ってシェル石油なの!?スゴイじゃない!!」─というわけで、ジョーはシュガーのハートを見事ゲットする。チョットおつむの弱い、でもとびきりキュートでセクシーなシュガーを演じたのは、マリリン・モンロー。
世界中で親しまれた黄色い貝殻マークだが、まもなく日本では見られなくなりそうだ。『出光興産は19日、昨年4月の旧昭和シェル石油との経営統合後に検討してきた全国給油所の新ブランド名を「アポロステーション」に決めたと発表した。ホタテ貝のマークで知られる旧昭シェル系の約3000カ所を含む全給油所を対象に、来年4月から、出光系で使われているローマ神話の太陽神アポロをモチーフにした新デザインの看板に順次変更する。新型コロナウイルスの影響で元売り業界に逆風が吹く中、出光は統一ブランド移行により、グループの士気を高め最大手「エネオス」を追い上げる』─6月19日付「時事通信」。
いつかはそうなるだろうと予想されていたから、驚きはないけれど、シェルマークを掲げているGSは、やはり淋しさを感じるのだろうか。一方の「アポロ」は、ギリシャの主神・ゼウスの息子アポロンに由来し、太陽の神と見なされている。エネルギー事業の象徴として相応しい存在であるとして、1952年から出光の“守護神”となった。では、なぜ横顔なのかというと、創業者の出光佐三氏が、たまたま通りかかった店で、「髪をなびかせた人の横顔」の絵を見て、「スピード感があって、ガソリンのイメージにピッタリだ」とひらめいたのだそうだ。かくして「アポロマーク」が誕生したのである。
2015年に出光とシェルが統合に関する基本合意を交わした直後から、新会社のロゴマークについてネットでいろいろと話題になったようだ。例えば、出光のギリシャ神話のキャラクターとシェルのホタテ貝をミックスさせ、ボッティチェッリの名画「ヴィーナス誕生」のようなものになるのではなど、なかなか面白いアイディアも出ていたようなのだが、結局「アポロ」に収まった。“アポロステーション…ロケット燃料入れられそう”なんてツィートもあって笑える。
ギリシャ神話のアポロンは、輝かしい存在であると同時に、弓矢の名手、疫病の神として恐れられていた。古代の人々にとって、疫病は戦場で雨と振る弓矢のように、大勢の人間を瞬く間に死に至らせるイメージだったのだろうか。ギリシャ神話によれば、現在、全世界を恐怖のどん底に陥れている疫病もアポロンの仕業ということになる。そもそも「コロナ」というのはラテン語で「冠」を意味し、太陽の外層大気のことだ。「アポロ」と「コロナ」─浅からぬ因縁。
ところで、「アポロステーション」でネット検索すると、すでに山形県に「アポロステーション」という名称のGSがある。しかも「エネオス」マーク。鹿児島県にも「アポロステーションサービス」という会社がある。こちらはPBセルフ。カオスですな…。カオスと言えば「お熱いのがお好き」のもう一人のバンドマン・ジェリーのほうは、マイアミに遊びに来ていた大富豪の爺様に見初められてしまう。映画のラストで、「実はアタシ男なの!」と告白するジェリー。大富豪はにっこり笑ってこう答える。「完璧な人間なんていないさ」─。当時、ハリウッドではタブーとされた同性愛をソフィテケイトな笑いで描き、ロマンあり、スリルありで実に面白い。名画とはこういう映画なのだ。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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