今、手元に現物がないので記憶に頼ります。一九八九年、旧エッソ石油を広報本部長で退職した多田正遠さんがビジネス本を出版しました。「広報あ・ら・か・る・と」です。
著作の主題は、広報がいかに苦労の多い仕事であるか、そして企業のリスク管理上重要な役割を果たしているかにありました。社内のお粗末事件でメディアの矢面に立ったことなど面白いエピソードが数多く紹介されていました。
この本が出た前年、メジャー・エクソンが「バルディス号事件」で未曽有の危機にありました。アラスカでタンカーが座礁して原油が流出し、その際に人気の生物ラッコが油まみれになった死体が報道されたことが世論を沸騰させました。エクソンは全米あげてのアンチキャンペーンの波状攻撃にさらされました。
多田さんは著作で事件に触れ、事故発生後のエクソン経営陣の初期対応のまずさだけでなく、社内混乱による情報提供の遅滞となど事後対応が非難を拡大再生産したと書かれていました。
そして対照例として、製油所爆発事故を起こした別の会社を紹介しています。爆発の衝撃波と飛散物によって、周辺地域の建物や車等に数多くの被害が出ました。その時、この会社は何をやったか。
まず、全権限を任された担当者が新情報の有無にかかわらず10分単位でマスコミの前に出て話をする。事実はすべて話す。そして、周辺に対しては自己申告すれば被害を補償するというものでした。情報が出ないと隠しているという疑心暗鬼になりがちです。情報がないから風聞を書きます。住民が不安で不満があるほど風聞は厳しくなります。多田さんの広報マン視点で言うと、この会社の対応は無駄なお金がかかっているように見えるが、短期間でマスコミ、住民の不満を終息したことで、そうしなかった場合に比べて何十分の一の損失に止まっていると評価していました。
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和歌山の恩人の葬儀に出たその時、東燃和歌山で火災事故が起こりました。ニュースを見ると製油所が本当に燃えています。数日前にも火災事故を起こしたばかりです。
和歌山県は紀伊山地がせり出していて、海岸線との僅かな平野部に市街が集中しています。延焼すれば糸魚川大火どころではありません。製油所のある有田市初島地区1280世帯に避難指示が出されました。
NHKが避難住民に聞いたら、「情報が分からず怖い」、「情報が欲しい」と情報に対する不満が現れていました。しかも西日本は強烈な寒気団に襲われている中での避難所です。
対して、東燃は相次ぐ事故にも関わらず記者会見に経営陣の姿はなく製油所長が頭を下げていました。東京広報ベースで「お詫び」を出したのが、唯一の本社の姿です。しかも、事故第一報は住民から消防への連絡だったそうです。何の権限もない現地採用の従業員が避難所で頭を下げるのは可哀そうでした。
多田さんならこの対応をどう見るでしょうか。政府の言う石油緊急時対応なるものの「鼎(かなえ)の軽重」が問われるところです。
COC・中央石油販売事業協同組合事務局