1億円の札束が入ったリュックを背負った人が雪山で遭難した。体を温めなければ翌朝までに確実に凍死する。その人はやむなく札束を燃やして暖を取り、生きながらえた。札束はすべて灰になってしまったが─。お金とは何かということを考えさせられる話ではないか。人々が血眼になって追い求めるお金とは、生きてゆくために必要な物資を手に入れるための代用物に過ぎない。雪山のような経済活動のできない環境においては、ただの紙切れとなってしまう。それでも紙幣はまだ燃やせるだけよかった。これが仮想通貨なんて代物だったら、何億円持っていたとしても何の役にも立たない。
仮想通貨取引所大手「コインチェック」から580億円相当の仮想通貨「NEM」が、外部からの不正アクセスによって流出、26万人もの顧客に被害が及んでいるというニュースは、実体のないものへの投資がいかに危ういものかを改めて思い知らせることになった。「コインチェック」は自己資産から460億円を返金すると発表したが、いつから開始するのかは現時点で未定。預貯金の大半をつぎ込んだ人もいるらしいが、眠れぬ日々が続いていることだろう。
「コインチェック」については、事件発生後、セキュリティの甘さが報じられ、経営陣は犯罪者呼ばわりされているが、本当に悪いのは盗んだ奴。あの“3億円事件”については、50年経ったいまでもテレビの特番などで犯人探しをやっていたりするのに、580億円もの金額になるとマスコミも思考停止状態になったかのように、「なぜ盗まれたか」ばかり報じて、肝心の「だれが盗んだのか」については、ほとんど報じようとしない。そもそも、現金なら580億円ものお金を運ぶこともできなければ、奪うこともできない。これも仮想通貨というカタチのないものゆえの現象なのかもしれない。
仮想通貨みたいな危なっかしものに手を出しちゃあダメ、という人もいるかもしれないが、現金だって仮想通貨だ。国家・中央銀行による信用を前提としている紙切れに過ぎない。だが日本人はとりわけ現金決済を好む国民と言われている。例えば、キャッシュレス化の指標である「消費支出に占めるカード利用の割合」は日本が17%で先進国ではビリに近い数字。米国は41%、中国は55%、韓国は何と73%もあるのだそうだ。
日本人が現金決済を好む理由は幾つかあって、まず治安が良く現金を持ち歩くリスクが小さいこと。偽札が非常に少ないこと。自動販売機が普及していること。また、国民全体の暗算能力がきわめて高いことも大きな要因なのだそうだ。しかし、現金決済を支えるATMを維持するのに年間2兆円ものコストが掛かっているとのことで、大手銀行はコストを削減すべく、こぞってデジタル通貨を導入しようとしている。そのほうがはるかに安全でスピーディーだと主張しているが、今回のような事件を目の当たりにすると、いくら万全のセキュリティを講じていると言われても、そこはやっぱり人間がすること、「絶対安心」などということはあり得ないと思う。
GS業界も、キャッシュレス化の波に乗るべく、クレジットカードや電子マネーによる決済を進めているが、高い決済手数料が収益を圧迫している。このところのガソリン価格の高騰で、手数料額もぐんぐん上がり、クレカ比率の高いGSは悲鳴を上げている。業種や与信状況にもよるが、日本のクレカ手数料は大体3~4㌫。これに対し、中国の「Alipay」や「WeChat pay」 では0.1㌫以下。勝負にならない。クレカ普及率が低いから手数料が高いのか、手数料が高いからクレカ決済が普及しないのか…。どちらにせよ、いまのところ使い勝手がよいのだから、通貨を無理にデジタル化しなくても、アナログでいいんじゃないかというのが私の考え。時代遅れと笑わば笑え。“いつもニコニコ現金払い”という言葉があるとおり、現金決済は安心と信用の証しなのだ。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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