vol.740『キャッシュレス社会の向こう側』

スーパーのレジに並ぶ。前で精算をしているおばあさんが“ちょっと待ってね…さんびゃく…よんじゅう…な・な・え・ん…”とつぶやきながら、小銭入れの中を引っかき回している。高齢者は総じてそのような作業が緩慢なので、それを待つ身としては少しいらいらする。小売店がキャッシュレス決済を進める理由は、こんなところにあるのかもしれない。みんながICカードやスマホをかざして精算を済ませれば、混雑もずいぶん緩和されることだろう。また、売上金や釣銭の管理・運搬などのコストもかからない。いいことずくめのように見える。

しかし、経産省によると2015年の欧米アジア11ヶ国のキャッシュレス決済比率は、韓国89%、中国60%、米国45%に対して、日本は18%で、15%のドイツに次いで低いとのこと。政府は「他国に後れを取っている」として、今年10月の消費増税時の景気対策として、中小店舗でキャッシュレス決済した場合、最大5%のポイント還元をすることで、少しでも「後れ」を取り戻そうとしているようだ。

GS業界においても“キャッシュレス時代に乗り遅れるな”との論調が高まっているようだが、先日、「毎日新聞」で、経済・金融問題の論客・浜矩子 同志社大大学院教授がこんなことを言っていた。「『後れている』という表現は、それを進めることが正しいという大前提に立っているわけです。確かにキャッシュレス化が進めば紙代や輸送コストは掛からなくなりますが、紙幣や硬貨を使う『物理的現金』の世界を姿形が見えない『電子通貨』の世界に追い込んでしまうことが絶対に正しくて必然性があると言われると、何か下心がありそうな気がして仕方ありません。例えば中国の急速なキャッシュレス化は、権力による監視を容易にし、国民一人一人の資産を掌握したいという魂胆が垣間見えます」─。

少し前に、「Tカード」の運営会社が、顧客情報や購買履歴を捜査当局に提供していたという報道があったが、通貨の電子化が進めば、購買活動を通じて私たちの財布の中身や嗜好は管理されることは想像に難くない。浜教授はこうも述べている。「仮に全ての現金が電子化されてしまえば、ダークな政権が現れた時、預金者が金利を払わなければいけないマイナス金利政策を個人の口座にまで広げることで、容易に庶民の資産を引きはがすこともできます。通貨の電子化というのは、国家が強制的に経済活動に介入する統制経済のツールとして、これほど便利なものはない」─。

いくらなんでもそんなことにはならないだろう…と信じたいが、絶対にあり得ないことではない。まさにディストピアの世界。けどまあ、起きるかどうかわからない話におびえていても仕方ない。問題は、今後政府が躍起になってキャッシュレス化を進めたとして、この国でそれがどれほど普及してゆくか、ということ。それによって、GS業界の対応も変ってくる。例えば、いまはやりのスマホ決済方式を、セルフスタンドの決済システムにどのように組み込めば良いのか、「LINE Pay」や「Pay pay」のように最初は手数料ゼロを謳っていても、しばらくしたら手数料が掛かってくるのではないか、昨年12月にソフトバンク系列の端末で発生した通信障害のように決済不能状態となった場合にどう備えるか…など、これまた心配し出したらキリがない。

繰り返しになるが、要は高齢化が急速に進んでいる日本で、キャッシュレス化がどこまで浸透するか、それが肝。いまは決済会社が乱立している状態で、GS、とりわけPBセルフとのベストマッチはどのような形を取るべきか、もう少し状況の推移を見守ったほうが良いかもしれない。仮に、まわりのGSが皆“現金決済お断り”になったら、「現金で給油できます」という看板立てて、マイノリティーの客を呼び込むという手もあるかも…。

 

セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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