『米ミシガン大やスイス・チューリヒ大などの研究チームが、落ちている財布を拾ったとして銀行や博物館、ホテルなどの窓口職員に届ける実験を40ヶ国で行ったところ、現金が入っている場合の方が現金なしの場合に比べ、「持ち主」に連絡がある確率が高いことが分かった。財布は透明なプラスチックケースで、「持ち主」の名刺が見える状態だった。研究チームは「予想と反対の結果」と指摘。職員らの行動について、現金を懐に入れる利益より、親切心や自分は泥棒ではないという自尊心が勝ったと分析した。実験結果は米科学誌サイエンス電子版に発表された』─6月21日付「時事通信」。
セルフスタンドでも、お客様が計量機や精算機の上などに財布を忘れてゆくことが時々ある。監視スタッフが気が付く場合もあるが、次に給油に来たお客様が届けてくれることも多々ある。このあいだも、4㌧トラックに乗った中央アジア系の中年男性が“コレ、オチテタヨ”と、二つ折りの財布を届けてくれた。中身を確認すると、現金は一万円程度だったが、落とし主はブラジル人の女性で、出入国カードや運転免許証、キャッシュカードも数枚入っている。これは一刻も早く本人に知らせたほうが良いと考え、銀行に電話したところ、1時間後に電話があり“銀行から連絡をもらうまで気づかなかった。本当にアリガトウ”と─。
拾ってくれた男性は土木作業員、落とした女性は工場作業員。昨今、外国人労働者をよく見かけるようになった。そういえば、一昨日、百円玉を拾って届けてくれたお客様は東南アジア系の男性だった。“外国人労働者が増えると治安が悪くなる”と言う人たちは少なくないが、いまのところ私は外国人客に不愉快な思いをさせられたことはない。むしろ、給油方法を教えてあげたりすると“アリガトウ”を連発する。仕事を求めて故郷をあとにしてきた人たちは、総じて礼儀正しく、道理をわきまえている。前述のブラジル人の女性は、財布を受け取る際、日本では届け主に何㌫かのお礼をしなくちゃいけないと聞いているが、と尋ねてきた。無論、そんなものいらないよと断った。
また、下校時にスタンドの前を通ってゆく小学生が、側溝に落ちていました、と百円玉を届けに来たこともあった。2年生か3年生ぐらいの男の子。その純粋で正直な行いに報いてあげることが大人の務めと、ご褒美にキャンディをあげたらたいそう喜んで帰っていった。こういう、ほんのちょっとした心地よい経験で、その日一日がハッピーな気分で過ごせたりする。冒頭の調査で「現金を懐に入れる利益より、親切心や自分は泥棒ではないという自尊心が勝った」との結果が出たことと併せて考えると、世の中まだまだ捨てたものじゃないのかなとも思う。
しかし、現実には世の中には不正直が蔓延している。隠蔽、偽装、捏造、詐欺、脱税などの類をニュースで見聞きしない日はない。そもそもニュース自体が信頼できるものなのかどうか疑わしい世の中でもある。一部の権力者や犯罪者だけの話ではなく、私たちも不正直な世の中の空気を吸い続けているので、知らず知らず良心が侵されてゆくおそれがある。マサチューセッツ大学の心理学者が行った研究によれば、大人の60㌫が10分の会話の間に少なくとも1回はうそをつくことが分かったという。
“正直者は馬鹿を見る”とか“人を見たら泥棒と思え”などという格言を子どもに教えなければならない社会はいずれ破滅するだろうとある哲学者は語っている。たかが「落し物」、されど「落し物」─。まわりに誰もいないところで落し物、それも現金の入った財布を拾った時、自分が本当はどんな人間なのかが試されているのだと思う。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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