「せっかく崩壊した首都と政府だ。まともに機能する形に作り替える。…スクラップアンドビルドでこの国は伸し上がって来た。今度も立ち直れる」─。2016年公開の映画「シンゴジラ」で、自衛隊の決死作戦によりゴジラを何とか活動停止状態に押さえ込んだ後、竹野内 豊演じる内閣官房長官代理・赤坂秀樹が語るセリフだ。「シンゴジラ」は、従来の子供向け特撮怪獣映画と決別し、巨大不明生物の上陸によって亡国の危機に直面した日本国政府の混乱・決断・挑戦をシリアスに描いた、第一級のポリティカルドラマである。東日本大震災から5年が経った当時、放射能を発しながら首都を蹂躙するコジラは、自然災害と放射能禍のメタファーであった。しかし、今日、新型ウイルスの感染拡大によって、社会システムが崩壊してしまった日本は、ゴジラ上陸かそれ以上の災厄の渦中にあるといっていい。
この数ヶ月の政府やさまざまな機関の人たちのうろたえ振りといったら、まさに「シンゴジラ」で描かれていた状況そのもの。例えば、ゴジラ対策のための「緊急災害対策本部」を設置するための閣僚会議なるものが開催されるのだが、階下で官僚たちが嘆く。「形式的な会議は極力排除したいが、会議を開かないと動けないことが多過ぎる」「効率は悪いが、それが文書主義だ。民主主義の根幹だよ」「しかし、手続きを経ないと会見も開けないとは」─。
当の官僚たちも“縦割り行政”の呪縛に捉われて思考停止状態に陥る。長谷川博巳演じる内閣官房副長官・矢口蘭堂が各官庁の幹部に対して、「速やかに、巨大不明生物の情報を収集し駆除、捕獲、排除と各ケース別の対処方法についての検討を開始して下さい!」と指示を飛ばすと、彼らは顔を見合わせてからこう問い返す。「それ、どこの役所に言ったんですか?」─。従来の役所のルールに則って出世した役人たちが右往左往するのを見かねた矢口は、出世に無縁な霞ヶ関のはぐれ者、一匹狼、異端児たちを招集し、特別チーム「巨災対」を編成し、ゴジラ撃退の道を探ることになる。
今回のコロナ禍で、台湾ではいち早くマスクの在庫が一目で分かるアプリが開発され、ICチップ内臓の「健康保険カード」を薬局に示せばだれでも最寄のドラッグストアで買える仕組みが稼動、日本のような買占め騒ぎを防いだ。これらのシステムの仕掛け人は、デジタル担当政務委員・オードリー・タン。中学中退した後、アップルのデジタル顧問となり、2016年に33歳の若さで現職に就任、台湾のIT化を推進してきた天才プログラマーである。「パソコンを触ったことがない」と答弁したどこかの国のIT大臣とはえらい違いだ。オタク、コミ障、おまけにトランスジェンダー。日本では大臣になることはまずないであろう人材だ。ニュースで彼の活躍を見ていて、「巨災対」の面々を思い浮かべた。これまでの経験や知識が役に立たない未曾有の危機に際して、日本政府は適宜的確な対策を実行しているか─。共同通信社が今月8-10日に行った世論調査では57.5㌫の有権者が「評価しない」と答えている。
中国・武漢市で感染拡大が始まったころに徹底的な水際対策を行なっていれば、現在のような事態は防げたのではないかとの声がある。いまさら言っても詮無いことだが、確かにインバウンド市場への配慮から、対応が遅れた、あるいは緩かったように思われる。専門家たちがコロナウイルスの威力を甘く見ていたとの指摘も。ゴジラなんか簡単に片付けられるだろうと嘯く大臣たちに矢口がこう言い放つ。「先の戦争では旧日本軍の希望的観測、机上の空論、こうあってほしいという発想などにしがみついたが為に、国民に300万人以上もの犠牲者が出ています。根拠のない楽観は禁物です」─。
そして、極めつけが冒頭のセリフ。いまの為政者にも、「せっかく崩壊したんだから…」と、コロナ禍をチャンスと捉えるしたたかさが必要なのかも。テレワーク、9月入学、オンライン診療、はんこ廃止等々、これまで岩盤規制で導入できなかったさまざまな改革を一気に進める好機なのかもしれない。新しいビジネスも次々と生まれることだろう。「シンゴジラ」、いいですよ。ステイホームの合間にぜひご覧ください。
セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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