vol.812『忍耐力』

17世紀半ば、ロンドンではペストが大流行していた。14世紀には欧州の人口の3分の1以上を死亡させ、「黒死病」と恐れられた疫病だ。名門校・ケンブリッジ大学も2年間に及ぶ休校に追い込まれ、一人の男子学生は、やむなく農園を営む田舎の実家に帰省する。だが、彼はそこでリンゴが木から落ちるのを見て、重力に関するインスピレーションを得ることになった─。

真偽のほどは定かでないが、アイザック・ニュートンが「万有引力の法則」を発見したあまりにも有名な出来事は、ペスト禍における“ステイホーム期間中”に起きたと言われている。ニュートン自身、のちに次のような言葉を残している。「もし私が価値ある発見をしたのであれば、それは才能ではなく、忍耐強く注意を払っていたことに起因するものだ」─。

ペスト禍での自粛生活を、カレッジでの雑務から解放され、落ち着いてじっくりと思索する機会と捉え、偉業を成し遂げた、というわけだ。もちろん、広い世界に出て見聞を広め、多くの人と交流して成長することは大切なことだが、それが叶わないからといって悲観する必要はない。ニュートンが、自粛生活を「忍耐強く」過ごしたと述懐しているのは意味深い。

忍耐とは、試練や逆境をただ我慢することではない。ある文献は忍耐について、「単なるあきらめではなく、燃えるような希望をもって事態に耐えることのできる精神であり、人はこの特質によって、逆風に面しても自分の足で立ち続ける。これは、最もつらい試練でも栄光に変えることのできる美徳である。この美徳は、苦痛の向こうに目標を見るのである」と注解している。

コロナ禍が、一時的な「我慢」によって乗り切れるものでないことが判ってきて、まだ見えぬゴールに向かって長距離走を余儀なくされている以上、私たちは「忍耐」して走り続けることを決意しなければならない。そして、ニュートンのように、この機会を、いままでできなかったことに挑戦する機会、これまで見過ごしてきたことを見直す機会とするなら、こんな時代でも、喜びを抱いて過ごすことさえできるかもしれないのだ。

個人的には、インドア志向が幸いして、旅行やスポーツができなくても、苦痛を感じない。2年前に好きな酒もやめたので、居酒屋やバーにも行かなくなった。自宅と職場を往復する毎日だが、それなりにやることがあって、退屈することはない。だが、あいにくニュートン卿のような頭脳を持ち合わせていないため、何か素晴らしいアイディアを思いついたり、画期的な発明をするようなことはない。それでも、一日が終わるころには、「ああ、きょうも一日を乗り切った。またゴールに一日近づいた」とささやかな達成感をかみ締めながら床に就く。睡眠時間はたっぷり7時間。(苦笑)

“そんなの忍耐力でもなんでもなくて、ただの能天気じゃねえか”と笑われるかもしれないが、とにかく心身の健康をキープすることが第一。あるマラソンのコーチが「鉄則」として教えることは、「速い走者に付いてゆこうとしてはいけない。自分のペースで走りなさい。そうしないと、疲れ果てて落伍することになる」ということだそうだ。自制心を働かせ、忍耐強く走り続けることが何より肝要なことなのだ。

GS業界は、販売不振が“安定化”しており、もはや劇的な回復は望めそうもない。それでも、まるで重力に逆らって空を飛ぼうとでもしているのか、と思えるような安売り店がいる。しかし、焦ることなく、自分の体力・能力に見合ったペースで地道に走り続けよう。採算価格を堅持し、ローコスト経営を断行してゆこう。コロナ禍における現実を、「忍耐強く注意を払って」生き抜いてゆこう。

 

 セルフスタンドコーディネーター 和田信治
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